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ジョセフ・ジョン・トムソンの経歴プロフィールを紹介

ジョセフ・ジョン・トムソン(Joseph John Thomson、1856/12/18/-1940/8/30)
イギリスの物理学者。電子の発見で1906年にノーベル物理学賞を受賞。

 

英国のマンチェスタの郊外で本屋を営むアイルランド人を父親として生まれました。そこのオウエンス大学(今日のビクトリア大学)に14才で入学します。そこに実験物理学のコースがあり、

1876年奨励金を得て、ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに転校します。

1880年に数学の学位を取得、キャヴェンディッシュ研究所の実験を主体にした研究に従事し、電気磁気学の理論を発展させることを志します。電気と磁気は相互に関係しあうというマクスウェルの方程式の研究を開始します。

1884年にロンドンの王立協会のフェローに選ばれ、キャヴェンディッシュ研究所の3代目の所長になりました。陰極線の本質は明確でなかったことからその研究を開始しています。ドイツのプリュッカーとガイスラーによって真空放電管(ガイスラー管)が作られ、ブリュッカーがそれを利用して陰極線を発見していましたが、その正体は何なのか判っていませんでした。ジョンストン・ストニはクルックス管の現象からこの線は負に帯電した粒子の流れで、粒子の電荷と質量の比に応じて電界の中や磁界の中で曲がると考えられ、この粒子を血球(corpuscles)と呼んでいました。陰極線の正体をめぐってはエネルギーが振動している(波動説 干渉縞を検出できる)と考える説と、ある小さな粒子が飛び出している(粒子説 電界や磁界で進行方向の変化が検出できる)と考える説があり、いずれも決定な証拠がつかめないでいました。

彼は粒子説を証明しようとし、電荷を持った粒子であれば粒子の進行方向に直角な電界をかけると進行方向が変化するはずであり、その変化を測定できれば粒子説が証明できると考えましたが、その測定は困難を極めました。

電波の実験で有名なドイツのヘルツの研究室でも進行方向の変化が測定できないことから、波動説に傾いていました。

この研究においては実験精度の向上が大きな課題でした。進行方向の変化が測定できない理由は真空管内の真空度が低く、電荷を帯びた粒子が真空管内の他の物質と衝突して散乱してしまうためだと考えました。そこで、真空度を上げる必要があり、真空ポンプの開発をすすめました。また、デュワーによる残留気体を除去する新たな方法が開発され、タウンゼントの荷電粒子の測定の精度の向上などの努力によってついに実験に成功します。

1897年4月29日、に「電子の電界による進行方向の変化」を定量的に確認する実験(トムソンの実験)に成功しました。

その粒子は水素原子の千分の1以下の質量しか持ていず、負に帯電していて、どんな物質からも出てくることを確認したのでした。

 これは従来原子は分割できないと考えられていたものが、電子は原子の構成要素であり、原子は分割されなければならないという認識が得られ、この新しい認識に基づいて、まったく新しい研究分野を切り開いていくことになり、ケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所が19世紀の核物理学のメッカに発展するためのきっかけを作ったのでした。

 1906年ノーベル賞を受賞しましたが電子の発見に対するものではなく、気体放電に関するものでした。

1903年にこれまでの実験結果をまとめ「気体中の電気の伝導」として本をケンブリッジ大学から出版しました。

1904年、原子核をもたない原子モデルを提案した。

1906年にノーベル物理学賞を受賞。

質量分析器の発明者でもあります。